夜想曲の続き

感受性をそのままに。

ごはんが美味しい季節

いつでもごはんは美味しいですけどね。秋めいてまいりました。

ジューシーな秋刀魚、ほくほくの焼き芋、ほろほろする栗の渋皮煮とか、うまみたっぷりのキノコとか、甘酸っぱい葡萄とか、ザ・スーパーソウル穀物オブお米とか。

茄子もいいね、南瓜も素敵。春から夏からずっとずっと恵みがてんこもり。

 

食べること好きです。

何にも考えずにむしゃむしゃ食べている時が、いちばん、ありのままの自分でいられるような気がします。ただ空腹で、ただ美味しくって、ぺろっと皿が空になるのがなんだか切ないです。尊いのかもしれないです。大して高尚な事は考えていないですけど、ただ幸せだなーって思います。

 

友人から小国町のしいたけをもらいました。なんと手のひら「の」サイズ。

(私の手のひらからは、はみ出ました)

すっごく立派だったので、そのまま肉詰めにして調理してもらいました。

これぞまさしく「キノコハンバーグ」、って感じですよ…

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肉厚。じゅわじゅわ。

肉にはナツメグも効いてて、玉ねぎも甘くて。

 なんかもうここで人生終わらないかな。だって美味しいんですよ。

 

ごはんはゆっくり、出来れば自分で作って、もしくは信頼の寄せたひとに作ってもらって、一緒にいただきますが出来ると最高ですね。話していて楽しい人といただく食事は思い出にも残ります。忘れたようでいて、実はどこかで憶えているような気がします。

 

これから寒くなりますし、気圧もミサイルも自然災害もそれなりにあってしまうのでしょうが、食べれるうちに食べて体を養いましょう。いざというとき、しっかり食べておかないと力が出ません。たっぷり食ってがっつり寝た方がコスパ良いと思います。

 

太陽が昇って沈むまでの間だけ、活動すればいいのにな。

そんな私もコンビニエンスストアなんかには世話になっているけれど…コンビニエンスストアを稼働させる人間が心の底から24時間便利なサービスを提供することを求めているなら良いんですけれど、たぶんそんな人一握りぐらいしかいなくって、みんな眠い目擦ってだるさを誤魔化して頑張っているんじゃないでしょうか…

 

やりたくてやっているなら良いんです。嬉しいです。でもやりたくもないのにやらなきゃいけないなんて、不自然だと思っちゃう。自然に逆らって頑張っているのだから、その負荷は相当なものだと勝手に想像もします。

 

食べたくなったら食べて、眠たくなったら寝るのは本能です。

生理的欲求です。無闇に逆らえばただただ死期を早めます。

せっかく人が持っているとされる理性ってやつは、それがなるべく真っ当に続いていけるように、「バランスよく食べる」とか「ある程度は規則正しく起きる」とかそういうことに使えばいいことだと思うのですよ。そういう能力だと思うのです。

 

こんな他愛もないことを考えていけるのもごはんのおかげです。

美味しいものを楽しく食べて、今日も元気に生き延びます。