夜想曲の続き

感受性をそのままに。

オトナっぽい人になりたい

久々に願望を更新します。
忘れないうちに、と思いまして。
新年になってから早3ヶ月ですね。
東北の雪も大分融けて参りました。

自分のブログですから、自分語りになってしまうのはそりゃそうでしょうとも思いつつ、何となく心苦しさを覚えるのです。が、割り切ります。


可愛くなりたい、という目標に続いて、
「オトナっぽくなりたい」という願望が私の中で芽生えました。

私は全体的に落ち着きがなく、多動で挙動不審気味なところがあります。

特にお喋りに関してはひどいもので、
目についたものを感じたまま、美味しいねえ綺麗だねえと毒にも薬にもならない事をポンポン口にしてしまうのです。かと思えば唐突に過去を思い返し、これまた他人にベラベラと自分史を押し付けがましく喋る様な人間なのです。

それらを口にする度に自己嫌悪するのはもう嫌なのです。一呼吸置いてから話そうとしても、今度はどんな話題にすべきか悩み込み、上手く他人とお喋り出来ません。それどころか、どんな訊き方をしたらいいのかも勉強不足で、聞き上手にもなれないのです。

何故、私はキリなく口を動かし続けるのかと言えば、ひとつはきっと自分の話を聞いてほしいという気持ちに飢えているから。
もうひとつは、言葉が溢れて仕方ないから。
前者は自分の気持ちをまず認め、後者に関しては日記なり作文なりで発散したら良いのでは無いかと思ったのです。

こういったところで書き連ねる事で、私は過去に自分を変えたいと思った事が残ります。それを見て、思い出して、少しずつ気をつけようと思えたらいいだろうと考えたのでした。

現実の口数を減らすだけで、少しはマシになるでしょう。静かで、思慮深そうな、おとなしい人に見えるかもしれない。

すぐに言葉遣いが悪くなるのも、口を開いて苦手な人間についての不満を垂れ流すのも、自分を慰めるために他人の同情を利用するのも。
すごく、すごくすごく格好悪い。
私のなりたい姿じゃないなと泣けてきました。

私は言葉遣いが乱暴になりがちで、子供のように衝動的で、自分本意な人間だけれど、近づきたい理想だって、叶えたい目標だってちゃんとある。
あるなら行動した方がいい。きっと。


まずは、必要最低限の会話まで発言を絞ります。
きっと静謐な気持ちの、自然な朝になるはずです。私のどうでもいい言葉で有意義になるはずだった時間が台無しにならない様にしたい。

そんな事だけでオトナっぽくなれるわけはないけれど、静かになってみれば気づくこともあるかもしれないと思ったのでした。