夜想曲の続き

感受性をそのままに。うつ状態からの、じたばた中。

2ヶ月遅れのジャムづくり

お久しぶりです。見栄っ張りで書くことがないなんて思っていたら、こんなに間が空いてますます勝手に恥ずかしい気分です。今後はもっとばしばし日記をつけていきたいですね。

 

6月~7月にかけてさくらんぼ農園のお手伝いをさせていただきました。

出荷できない規格のさくらんぼなどをドッサリもらって、もちろん生で全部食べられるわけもなく、一部種を取り冷凍していました。その量、約4kg(!!)

 

つやっつやの珠玉の実です。

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だらだらしていたのですが、今日思い立ち、ようやくジャムにしよう、と決意した所でした。いやあ。うん。放っといてごめんね。

 

種をを取り除いたもの約600g。

琺瑯の鍋に入れて、灰汁をとります。

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レモン汁と砂糖で、味やもたつきを調整して……焦げ付かないようにクツクツ混ぜること90分くらいで完成です。

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いやー、暑かった!!!

 

パウンドケーキに混ぜたり、こねたパンに巻き込んで焼いたりすると、甘酸っぱいおやつが出来て嬉しいです。

 

まだまだ冷凍庫にはさくらんぼがあるので、なくなり次第どんどんジャムにしていこうと思います。

腰さえあげてやってしまえば、それまでめんどくさいとしか思わなかったことも案外なんとかなるものですね。

この感覚、覚えておきたいのですがね。

 

お盆も過ぎ、夏も終わるかな。

決算セールの嵐ですね。

体調崩さぬよう、皆様もお気をつけて。

それでは。

心が塞ぎ込むとき。

こんにちは。
5月も半ば、気候が穏やかですね。
室内は涼しく、日向はぽかぽかで過ごしやすい日々が続いています。

夕暮れも美しいです。


最近、また心が不安定になったので、ぽちぽちと綴りたいです。毎日がこのままじゃ駄目だと分かっていながらも動けず……否、動かずに過ごしてしまう私は、また自己嫌悪のループにハマっていきます。

きっかけは、些細なことでした。
パートナーの不安に、
私が「あてられた」だけなのです。
他人の感情に引き摺られてしまいました。

彼を助けなきゃと無闇に焦り、躍起になった結果、三日前に短期のアルバイトに応募しました。ですが土壇場で怖くなり、ご飯も食べられなくなり、電話がかかってくるだけでパニックに陥ったりました。泣けるだけ泣いて、そのうち苦し過ぎて嘔吐したりして。

自分の中で募り出す、希死念慮
でもこんなことで簡単に消えることが出来たなら、明日には日本の人口は5分の1くらい減っているでしょう。

私を厳しく厳しく見張る「私」が、他人の目を気にして、社会という概念の物差しで私をバシバシ叩きつけながら、「こんなことで」と罵ってくる。

けれど、現実での私は本当に苦しんでいます。
これが現実。
これを無視した精神論に、私は従えない。

それは「弱いから」かもしれないし、「我儘だから」かもしれない。

どうだっていいです、そんなこと。
だって答えが分かったところで、治したくないです。それが私の性格です。

ただ、やっぱり苦しいので、気分だけでもどうにかしたくて、日向で太陽を浴びながら泣いたり、暗い気持ちに襲われたらその場で嫌だー!って叫んで身体を動かそうとしてみたり。

ちょっとはマシになったかな〜〜って思いましたが……結局、パートナーに泣いたまま訴えて、謝って、アルバイトは辞退しました。

情けないですね。
苦しみから逃れてしまった私は、後悔はしていませんが、次は将来の不安に駆られて駄目になっちゃいそうです。……なりません。大体、駄目になるって具体的になんですか、って、自問自答し続けて何とか平静を保っています。

たぶん、然るべき機関に相談して、対処した方がいいのでしょうね……うぅ…


巷で、うつになってしまった人っていうのは、長く長く時間をかけて、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら少しずつ回復するのだと知りました。一時期、調子が良くなったからって無茶苦茶すると、またガタンと具合を崩すとか。

それは病気でなくてもそうですよね。

生き物ですから、毎日エネルギーを作っては消費しています。寿命って言ってもいいです。その過程で、波があります。機械だって、精密であればあるほど、定期的にメンテナンスするんです。

人間の脳味噌だって負けず劣らず精密なはずです。人体の神秘ってやつです。そりゃあペースだって崩すでしょう。わけわからなくなったりするのも頷けます。

お腹空いたら食べて、眠くなったら寝て、そうやって本能で生きていけたらいいのになあと子供の頃から思っています…




とにかくお日様です。

気分が落ち込んだ時、私に必要なのは、
温かいお茶と、ちょっとした音楽と、お日様の光です。あとは呼吸。やっぱり浅くなりがちです。

本当は、自分の思考の切り替えでなんとかなりたいところなので、ここはその癖の付け方を、専門機関にお伺いしながらいきましょう。


風邪に引き続き、メンタルまでガサガサになっちゃいましたが、みなさんも無理なくお過ごしくださいね。

パスタとサラダ

家具や生活用品をちまちま揃えていたら、
あっという間に食費が乏しくなっちゃいました。
給料日までのやりくりにこれから頭を悩ませていくところです。

先日見つけたお店の料理が美味しかったので、ご紹介します。山形市内にあるパスタとサラダの専門店、「IL BLU」さんです。イルブル、と読むようです。ストアカードを貰ってきました。


前菜、サラダ、パスタ、食後のコーヒーを頂きました。前菜は写真に撮れなかったのですが、掌に収まるくらいの小さな自家製のパンと、ジャガイモのポタージュでした。


こちらはサーモンのカルパッチョ
塩漬けの桜があしらわれています。凄く空腹だったので、ゆっくり味わずにむっしゃむしゃ食べてしまいました…


メインのパスタです。
こちらもペロッと平らげてしまいました。
お皿が底に向かって渦潮のようにぐるぐると深くなる面白いデザインでした。


おまけ。
食後のコーヒーについてきた、砂糖とミルクのセット。ミニチュアのスコップとか、とても可愛い…ごちそうさまでした!!


美味しいお店も見つけて、お部屋も着々片付いて、ちょっとずつ地盤が整う様で嬉しいです。

しかし最近、季節の変わり目だからか、疲れが出たのか、風邪をひいてしまいました。
皆さんも、気をつけてくださいね〜〜

何度でも新生活

まだまだ引越し荷物で溢れていますが、どんどん部屋が「自分達のお家」感になっていって毎日ワクワクしています。

電気コードの配線や、家具も揃ってない状態なので、物の置き場がなく段ボールの小山が築かれています。とはいえ広い一室(部屋が三つ)なので、それでもあまり狭苦しい気持ちは感じません。

ガスコンロも無いので、今朝は出来合いで朝ご飯。
瓶に惹かれて久々にあんずジャムを買ったけれど、めちゃめちゃ甘くて……無糖ヨーグルトとかにかけて食べたら、もっと美味しいなあと思いました。

これからしたい事のひとつに、「ジャムを煮る」があるので、この可愛い瓶はきちんと洗って取っておこう!と決めています。
どんなジャムを詰めようか、楽しみです。

新しい環境だからか、なんでも素晴らしいもののように見えます。本当に気の持ちようですね。

家具屋の帰り道に浮いていた、
茄子みたいな形の雲。

風は冷たいですが、ちょっとずつ桜も咲いてきました。たまにぱああっと陽の光がさして、ぽかぽかします。土日にはお花見に行きたいな。

片付け、がんばります!

共に程々に

毎日せかせかしていると、日が経つのもあっという間ですね。

この度私は、またまた引っ越す事になりました。

実家である秋田県から進学の為に山形市へ。

就職の為に宮城県、そして山形の高畠町へ。

 

……今回はちょっと戻って山形市へのお引越です!!

パートナーの就職が決まり、私もついて行けることになりました。

大学生活が満ち足りていたので、その青春を過ごした土地でまた暮らせることはとても楽しみです。学生時代よりも、もっともっと素敵な思い出を作りたいです。きっと大変な事もあるけれど、今の鬱屈とした環境も程々に大変なので、まあまあなんとかなるでしょう。

 

学生時代は一人暮らしでしたが、次はパートナーとの二人暮らし。

もちろん、お互い、違う考えを持つ別の個体。

各々の意志と自由を持つ人間ですから、衝突する事もあるでしょう。

それは体調不良から来るものかもしれないし、

相手に心からの不満不平があるからかもしれない。

 

どちらにしても、何にしても、

相手を傷つける目的での言動だけは避けたいところです。

 

どんなに腹を立てていたからといって、

扉を叩きつける様に閉めるとか、人と嫌味ったらしく話すとか、自分の気を晴らす為だけに他のものに八つ当たりする様な事はしたくないです。それって傍から見ていて見苦しいものです。それに、そんなことで衝動的に物を壊したら、きっと後悔します。

馬鹿馬鹿しくて、虚しい。それは結局、自分も傷つく事になるのです。

 

話しかけても口を利きたくないからといって無視をするとか、機嫌が悪いから何をしても許されるかの様に振舞うのも、すごく感じが悪い。礼儀がなっていないと言っても、過言ではないと私は思ってしまいます。そんなことされたら、寂しいし、怖いし。

そういったものと長く付き合っていくのは、困難だなあと思います。

 

私はなるべく楽しく、なんとか支え合って過ごしていきたいです。

若者の、まだ苦労を知らないからこそのヘラヘラした考え方なのかもしれませんが…今はこうなのだから、これがいいと思っています。

 

あまり他人に目鯨立てずにいたいですね。喧嘩は、程々にしましょう。

 

これからも一緒に、

そして程々に、暮らしていきましょう。

 

手紙を書くのが好き

子供の頃から、文字を書くことが好きでした。

文章構成力はそれほどないですが、私はたぶん考えることが好きで、

その思考をアウトプットして垂れ流す行為が快感なのでしょう。

 

小学校の頃に流行った交換日記も、交友関係が狭く親しい友人が極端に少なかった私は、なかなかその流行りに乗ることができませんでした。

なんと今でも残念に思っています。

 

代わりに親しい友達と文通をしていました。

手紙の形に折りたためるメモ帳なんかをお小遣いで買ったりして、

平日は毎日会うのにも関わらず、せっせとシャーペンを走らせていました。

 

そういえば、私の小学校ではシャーペンが禁止されていましたね。

だから、ぱっと見はレトロな鉛筆に見えるシャーペンを見つけたときには嬉しかった。衝動買いしたそれを、学校では特別なときにだけこっそり取り出して使っていました。

 

いろんな手紙の折りたたみ方を調べたり、

ルーズリーフに自分で枠をつけて可愛くデコレーションしてみたり。

手紙の返事を待ちわびて、ついつい「まだ?」なんて聞きそうになるのを堪えるのが大変でした。手紙の催促をするなんて、とんでもないことです。

 

その友達とは、今も文通を続けています。

あの頃は同じ土地に住んでいたその人とも、今はお互い別々の土地に住んでいる。ほとんどの人は一人一台の携帯電話を持ち、LINEやSkypeで際限無く通話が出来る。メールもチャットもカコカコ打って、ピコンと送受信。

いつでも気楽に誰かと連絡がとれて、声が聞けるのは、素敵なことだと思います。本当に便利になりましたね。

 

それでも私は便箋を広げ、ペンを持ち、誰かへ手紙を書きます。

家族へも滅多なことでは電話をしません。近況報告は手紙でします。

声を出して物を伝えようとすると、つい相手の機嫌を意識してしまうので、

何か本当に伝えたいことがあるときは紙に文字を書いて伝えるのが、

自分にとって一番であるということに考えが至ったのでした。

 

そして本日、私は自分宛に手紙を書きました。

自分に自信が無いために、周囲に迷惑をかけているという罪悪感から抜け出せない。おっかなびっくり生きているのを悟られたくなくて、強い言葉を早口でまくしたてる自分が恥ずかしい。そうするたびに「ああ、またやってしまった」と思う。駄目だ駄目だと自分を責めて、終いに卑屈になって誰かが慰めてくれるのを上目遣いで待つような自分も嫌だ。認めたくない、はやく素敵になりたい。

 

だくだくとした恐怖と不安がふとした拍子に私を苛むので、

私は自分を信じてあげるために、手紙を書きました。

 

私はいつも頑張っているのだということ。

したいように、気を楽に生きていいのだということ。

暗い気持ちに飲み込まれたとしても、それは永遠ではないこと。

すべては気分次第で、つまり大袈裟に揺さぶられずとも大丈夫。

私は私を信じているから、どうか元気にいてほしいということ。

 

そして自分の好きなこと、大事なこと、したいことを綴りました。

穏やかな気持ちが続いて欲しいけれど、やはり波はあるものだから。

 

ちゃんと思い出せるように。

自棄になって何もかも無くしてしまわないように。

極端な自分をちゃんと認めて落ち着かせてあげられるように、文字にしておこうと思ったのでした。綺麗な封筒にしまっておこうと思います。

 

新しいレターセットを買いました。

ペンギンのイラストがついた、可愛い便箋です。

使うのが楽しみです。明日もがんばろうと思います。

オトナっぽい人になりたい

久々に願望を更新します。
忘れないうちに、と思いまして。
新年になってから早3ヶ月ですね。
東北の雪も大分融けて参りました。

自分のブログですから、自分語りになってしまうのはそりゃそうでしょうとも思いつつ、何となく心苦しさを覚えるのです。が、割り切ります。


可愛くなりたい、という目標に続いて、
「オトナっぽくなりたい」という願望が私の中で芽生えました。

私は全体的に落ち着きがなく、多動で挙動不審気味なところがあります。

特にお喋りに関してはひどいもので、
目についたものを感じたまま、美味しいねえ綺麗だねえと毒にも薬にもならない事をポンポン口にしてしまうのです。かと思えば唐突に過去を思い返し、これまた他人にベラベラと自分史を押し付けがましく喋る様な人間なのです。

それらを口にする度に自己嫌悪するのはもう嫌なのです。一呼吸置いてから話そうとしても、今度はどんな話題にすべきか悩み込み、上手く他人とお喋り出来ません。それどころか、どんな訊き方をしたらいいのかも勉強不足で、聞き上手にもなれないのです。

何故、私はキリなく口を動かし続けるのかと言えば、ひとつはきっと自分の話を聞いてほしいという気持ちに飢えているから。
もうひとつは、言葉が溢れて仕方ないから。
前者は自分の気持ちをまず認め、後者に関しては日記なり作文なりで発散したら良いのでは無いかと思ったのです。

こういったところで書き連ねる事で、私は過去に自分を変えたいと思った事が残ります。それを見て、思い出して、少しずつ気をつけようと思えたらいいだろうと考えたのでした。

現実の口数を減らすだけで、少しはマシになるでしょう。静かで、思慮深そうな、おとなしい人に見えるかもしれない。

すぐに言葉遣いが悪くなるのも、口を開いて苦手な人間についての不満を垂れ流すのも、自分を慰めるために他人の同情を利用するのも。
すごく、すごくすごく格好悪い。
私のなりたい姿じゃないなと泣けてきました。

私は言葉遣いが乱暴になりがちで、子供のように衝動的で、自分本意な人間だけれど、近づきたい理想だって、叶えたい目標だってちゃんとある。
あるなら行動した方がいい。きっと。


まずは、必要最低限の会話まで発言を絞ります。
きっと静謐な気持ちの、自然な朝になるはずです。私のどうでもいい言葉で有意義になるはずだった時間が台無しにならない様にしたい。

そんな事だけでオトナっぽくなれるわけはないけれど、静かになってみれば気づくこともあるかもしれないと思ったのでした。